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154. 医を業として・齋藤光三氏伝記④~福祉三銃士

およそ四半世紀前、「福祉三銃士」と呼ばれた男たちがいた。いわき市勿来地区の齋藤内科(現在は閉院)の院長・故齋藤光三氏(享年82)は、いわきの福祉行政を担う3人の市職員にそう名付けた。その1人が、NPO法人地域福祉ネットワークいわきの事務局長・園部義博さん(60)=元市保健福祉部長=だ。介護保険サービスができるおよそ10年前に齋藤氏と交流を持ち「あの頃の経験は財産。上から目線ではなく、高齢者や障がい者と同じ視線で考える姿勢を肌で学んだ」。当時の在宅療養の連携支援や終末期の死生観など「当時はよく理解できなかった」(園部さん)という齋藤氏の先見性を聞いた。不定期連載の4回目。

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↑「福祉三銃士」の一人の園部義博さん。「平在宅療養多職種連携のつどい」では、医療・福祉関係者ら約170人に「地域共生社会の実現に向けて」と題して講話した=2017年9月21日、いわき芸術文化交流館「アリオス」

● 家族介護が無理なら入院、入所する時代
園部さんは1988(昭和六十三)年4月から92(平成四)年3月まで、高齢者と身体障がい者の担当として、市勿来福祉事務所で働いた。そのころ30代前半。業務に主体的に取り組めるようになり「仕事で一番楽しい時期」に齋藤氏と出会った。当時は「介護者は『配偶者、嫁、娘』が普通。ヘルパーはいたが、それでも介護できなければ基本的に入院か施設入所しかない」(園部さん)時代。在宅療養を支えるため医療、福祉関係者でつくる地域ネットワークづくりに熱心だった齋藤氏からある日、園部さんは電話を受けた。「勿来地区の開業医でネットワークをつくった。何かあれば連絡してくれ」。「当時ピンとこなかった」と園部さん。「今あったらすごい」と脱帽する。

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↑齋藤氏と交流があった勿来時代に、園部さんが働いていた市役所勿来支所=2017年9月26日

● 福祉→行政→医療 在宅療養を支援
園部さんは、当時の介護常識を打ち破った連携ケアを思い起こす。老老介護の家庭で、寝たきり男性を支えていた市のヘルパーが、褥瘡(じょくそう)の悪化に気付いた。妻に処置の相談をしようにも理解不足でできなかった。当時の常識ではこの場合、入院だ。だが、そのヘルパーと情報共有した園部さんは齋藤氏に連絡。すると齋藤氏はその夫婦の娘にも連絡を取り支援体制を整える。訪問エリアから離れた植田地区だったが、訪問看護師が自宅に行き、ヘルパーと娘に処置を教え、平日は訪問看護師とヘルパー、週末は市内に住む娘に介護を任せた。住み慣れた家で暮らし続けるという発想がない時代。この医療、福祉、行政が連携したサポートで、その男性は自宅で生活し続けた。

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↑勿来地区の中心部から西に向かった山間部=2017年9月26日、いわき市川部町

● 何でも話せる人柄
「(齋藤氏は)上から目線で話す方ではなかった。同じ目線でフランクに、何でも話せた」。園部さんは齋藤氏の人柄をそう語る。ある日の電話では「いわき民報賞の授賞式がある」と急に呼び出され、園部さんは齋藤内科の職員と一緒に平地区のいわき民報本社へ。「職員と並んで表彰を受けた」と笑う。さらに、通院していた患者は「診察しても聴診器を当ててくれない」と笑い、おしゃべりを楽しんでいたという。壁をつくらず気軽に話し合える関係を築く人柄は、ネットワークづくりにも欠かせなかっただろう。

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↑齋藤氏との思い出を振り返る園部さん=2017年9月19日

● 死の受け止め方 患者に説く
人間の尊厳をそこなうような望まない延命処置が施されないよう、近年ではエンディングノートなどを通して家族で話し合い、意思表示することが求められている。だが、園部さんは「(齋藤氏は)終末期の死生観でも先駆的だった」と振り返る。齋藤氏は、近くの寺の住職を招き、患者に死の受け止め方を説法させた。園部さんはさらにこんなエピソードも思い出す。ある時、齋藤氏が「家族の人に大切にされてばあちゃん、いつ死んでもいいな」と患者に声を掛けて部屋を出た。死をタブー視しない齋藤氏の心構えが伝わる。

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↑都内からフィールドワークに訪れた医学部生らとディスカッションする園部さん=2017年9月24日、いわき市のいわき医師会館

● 活発化しているいわきの多職種連携
園部さんは9月、市内で開催された「平在宅療養多職種連携のつどい」に参加した。医療や福祉関係者ら170人を前に「地域共生社会の実現に向けて」と題し講演。介護、障がい、子育てなどを縦割りではなく一つに考える取り組みを訴えました。その日の懇親会では、多くの医療や福祉関係者が顔を合わせて情報交換。齋藤氏時代の連携を知る園部さんは「今は各地区に連携に理解のある医師も多く、時代は変わった」と活発化した多職種連携を語ります。今後は「地域課題をどう多職種で共有するか、さらに誰がどう行動するかを考えないといけない」と次の段階を見すえていました。

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↑齋藤光三氏

● 「見守って」遺影に誓う
勿来地区の葬祭場でしめやかに営まれた齋藤氏のお通夜。園部さんは笑顔の遺影の前でこう誓った。「先生の目指していた在宅医療・福祉を実現します。見守っていてください」。園部さんは「『頑張れ』って言ってくれたんじゃないかな」と目を細める。園部さんの現在の目標は、お年寄りや障がい者自身の意思が何よりも尊重され、望めば暮らし続けられる地域をつくること。齋藤氏にいわきの福祉発展を誓った「福祉三銃士」は、今も汗を流している。

(続く)

【ドキュメント関連記事】
<医を業として・齋藤光三氏伝記>
http://ymciwakikai.jp/blog-category-30.html

<終末期を過ごす104歳女性とその長男の想いに迫ったドキュメント>
「㊤104歳女性の人生と最期への想い」 2017年3月31日投稿:http://ymciwakikai.jp/blog-entry-150.html

「㊥介護する長男」 2017年4月7日投稿:http://ymciwakikai.jp/blog-entry-155.html

「㊦介護する職員」 2017年4月14日投稿:http://ymciwakikai.jp/blog-entry-150.html

<認知症の妻に寄り添う夫の介護日記>
「㊤腹を立てない」 2017年5月6日投稿:http://ymciwakikai.jp/blog-entry-178.html

「㊦ありがとう」 2017年5月13日投稿:http://ymciwakikai.jp/blog-entry-183.html

<難病や障がいと闘い1人在宅生活する女性へのインタビュー>
「㊤19もの難病、障がいを経験」 2017年7月1日投稿:http://ymciwakikai.jp/blog-entry-224.html

「㊦熊本地震の被災経験も」  2017年7月4日投稿:http://ymciwakikai.jp/blog-entry-225.html

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